鵠沼海岸にある「白い杭」をご存知だろうか?梅雨明けに現れて、夏の終わりに消えていく白杭を10年間撮り続けながら、地球温暖化問題にも取り組む、写真家でもあり広告マンでもある川廷昌弘さん。今回は夏のスペシャルインタビュー!としてお話を伺いました。
川廷さんが鵠沼海岸に移り住んだのは、1997年の夏。2度目の東京勤務の時だった。
「生まれ育った兵庫県芦屋市にも海がありましたが、小学生の時に埋立てられてしまったんです。砂浜で遊んだ記憶がいつもどこかにあったので、今度東京に戻るときには、海のある生活をしようと決めていました」
「自分のライフスタイルをしっかり考えよう」と海辺の生活を求めて、辻堂・茅ヶ崎・鵠沼海岸を歩き回ったという。サーフィンが趣味の川廷さんが、最終的に選んだのが鵠沼海岸だった。
「仕事から帰って一番に感じるのは『風が違うこと』それだけでリラックス出来ます。」
写真を始めたのは、社会人になってから。都内在住時には、南房総に魅せられ「海・花畑・人物」を中心に独学で作品を撮り始め、92年個展「週末の楽園」をキヤノンサロンで開催する。この時に「写真を撮り続けるなら、きちんと勉強した方がいい」とアドバイスを受けたという。
「実は、エピソードがあって…東京から大阪に転勤する際に、仕事でもお付き合いのある著名なデザイナーの方から『作品を見せてごらん』と言われたんです」
その時の評価は、川廷さん自身も「ハンマーで頭を叩かれた」と例える程の衝撃だったという。
『なんだこりゃ。君が何に美を感じて撮っているのか、写真を通じて全く伝わってこない。君は不感症だな。 これなら写真は辞めた方がいい。写真を撮り続けたいなら、学校に通って写真とは何かをきちんと考えてごらん』
「本当に厳しい言葉でしたが、愛情を感じたんです。だからすぐに願書を取り寄せて、大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ)の夜間部に2年間通いました。ここで、写真家の方々から『写真を撮ること』そのものを徹底して叩き込まれ、自己表現とは何かを考えることが出来ました。」
「夏、湘南の海辺に引っ越して来て初めてこの白い杭を見た。しかし、その時は西日に照らされたフォトジェニックな物、それだけの印象だった」(写真集『白杭の季節』より)
次第に被写体として意識するきっかけは何だったのか?
「自分が波乗りや海水浴で夏の記憶を焼き込むたびに、白い杭の存在が段々と心に残ってきたんです。台風の過ぎ去ったあとの夕暮れ、朝の透明感のある青い空 、様々な表現に気付かせてくれるようになって、いつの間にか白い杭を撮影することが中心となっていきました。 」
そこで、写真集「白杭の季節」で川廷さんが「印象深い」作品を1点、紹介していただいた。
「列島を縦断した台風の時、夕方の空が少しだけ明るくなり、小雨になったので抜けたなと思って海に向かった。 誰も居ない砂浜で、どれだけ叫んでも声にならない轟音の中…」凄まじい波の音・風の音、立っているだけで体が揺れる状態の中で撮影したという。
この取材の数日前、とある洋館を撮影したという
「藤沢での買物帰りに自転車で走っていると、以前から気になっていた綺麗な門がある洋館の周囲が更地になっていたんです。門は既に取壊されていたので、建物だけでも撮ろうとカメラを向けていると、家主の方から「事情があって取壊してしまうんです。思い出の詰まった家なので、ぜひ中も撮影して下さい。」実際にまだ生活しているので、応接間だけ撮らせてもらいました。残念ですが時の流れには逆らえないですね。」
「写真は平面芸術ですが、絵画にはない特性として『記録性』があります。現実であるはずのものを焼き付けることが出来るわけです。そして撮る人によってその表現に違いや深みが出てきます。僕はその記録性を抜いて考えるわけにはいかない。鵠沼でも、ある日気がついたら新しい建物が増えている「でも、元は何があった?」と思うことが多い。人の記憶は薄らぐけれど、写真はきちんと残っていく。そこに自分なりに託すものがあれば、写真はきっと語り始めてくれると思っています」
鵠沼の魅力は、海、町、以外にもう一つあるという。
「それは『松韻』です。海からの風が松葉を撫でる柔らかく低いあの音です。自分の生まれ育った町にも松林があり、きっと幼い記憶に刻みつけられているんでしょうね」 松韻を求めて、境川沿いの公園にも足を運ぶことがあるという。
「公園のベンチに座り、音を聞いているだけで、様々なイマジネーションが湧いてきます」
鵠沼海岸駅に降り立って風の違いを感じるだけで、オンとオフが切り替わりリラックス出来るという川廷さん。海だけではなく、「リラックスさせてくれる自然環境がまだそれなりに残っていて、心豊かに生活できる場所だと思っています。
「白杭の季節」は10年分の夏から受け取った地球温暖化のメッセージを伝える写真集でもある。普段の仕事では「チームマイナス6%」に取組む川廷さんは、写真集制作にあたり「自分の日常生活以上のCO2を印刷の電力や配送の車で排出してしまう」ことは、自身の行動と矛盾してしまうと考え、カーボン・オフセットの精神で制作を行った。
「日々の生活と同じ様に、意外と簡単に出来るのだと形にして伝えたかったんです。金額も皆さんが考えるほど高くはありません。印刷で使用する電力はグリーン電力で賄い、関東圏に配送される事を前提に排出されるCO2を吸収するための植林を行ったりしました」
「地球温暖化=単なる環境問題ではありません。人類存亡の大義です。」 現実的に温暖化を意識させる現象は起こっている。暖冬や梅雨らしくない6月がいい例かもしれない。
「例えば、カエルが鍋に乗せられて、徐々に熱くなっても気付かない様に、人間も段々と茹でられていて分らない。危機意識が持ちにくいのが温暖化なんです」
「温暖化を防ぐための行動を難しく考えることはありません。生活の知恵を楽しみながら自分なりに工夫すればいいのです」
「省エネ機能を優先した家電製品や輸送距離の少ない食べ物を選んだり、便利なものを取り入れて、生活を楽しみながらの温暖化対策は個人でも取組むことができます」
『梅雨が明けたら夏休みが始まり、採れるべきところで採るべき虫を採り、土用波でクラゲが出たらそろそろ宿題を。そんな「絵日記の夏」が、子供たちや孫たち曾孫たちの時代にも、ずっと続いて欲しいと思う。そして僕は、「白杭の季節」を撮り続けたい』(写真集「白杭の季節」より)
川廷さんは、今年の夏も白杭と向き合って写真を撮り続けている。
「自分の住む土地の歴史を調べることで、その良さや情緒を再発見できる」と鵠沼に移住してから、沢山の書籍を集めた川廷さん。実際にお話を伺うと、地元に住む私以上にご存知で大変驚きました。また、サーフィンが趣味で、出勤前に海に行くこと多いとか。バイタリティー溢れる川廷さんの取材を通して、NPO湘南スタイルも「もっと頑張らねば!」と感じています。写真集「白杭の季節」本当にお薦めですので、ぜひ一度手に取ってみて下さい。