「記憶の風景」を撮る。Close Up8月のスペシャルインタビューでご紹介した、鵠沼海岸在住の写真家、川廷昌弘さんご本人による「懐かしい場所・記憶としての湘南の風景-」第2回目。今回は、大正末期の鵠沼海岸の情景を綴った「劉生日記」や昭和初期の写真から、川廷さんが写真集「白杭の季節」やシリーズ「松韻」に取組むきっかけになったエピソードをご紹介します。
さて、鵠沼では東屋旅館に白樺派文士たちが集い、岸田劉生が肺炎療養のため1917年に移住し関東大震災の1923年までを過ごし、白樺の表紙を描き、また多くの鵠沼風景や麗子像を描き残しています。そして面白いのが「劉生日記」です。あの時代に、今の僕らビジネスマンさながら、ちょくちょく藤沢から東海道線に乗って上京しているのです。そして絵を書き上げる過程も良くわかります。戸外での写生やアトリエでの麗子とのふれあいなど、鵠沼の風景の中に劉生が生きています。
劉生は春の鵠沼が最も美しいと言っています。「道を歩けば枯草の間に春草の既に萌え出で初む。これからの鵠沼は一年中最も美しくなる。」また、「今日の上天気に、しきりに写生欲を感ず。この頃、いい画材の風景沢山心覚えあり。今朝もその事が頭にわきて、ガバとはね起きし程なり。」と言った具合です。時代も風景もすっかり変わってしまいましたが、きっと劉生が感じた陽射しや風は今も変わらないはずです。そんな思いで僕は鵠沼を撮影しています。写真集「白杭の季節」もそんな感覚から撮り始めました。
毎年夏になると海水浴と波乗りのエリアを区切るために建つ鵠沼の風物詩である白い杭。ある資料に、昭和初期の鵠沼海水浴場を撮った写真が掲載されているのですが、大きな櫓が砂浜に建っているのが写っています。僕にはその櫓の形が、現在のライフセーバーが立つ白杭の監視台に見えたのです。ですからファインダーに写る監視台はその時代のものに見えるのです。
ファインダーで時を越える感覚、その感覚のまま10年撮り続けていました。もちろん被写体は現在の人物や風物ですし、去年の夏からはデジタルカメラに切り替えて撮影していますが、今でも気分はそんな時代に行っています。それから、同じ気分で平行してもう一つのシリーズに取り組んでいます。それが「松韻」です。黒松のある湘南風景。芦屋で生まれ育った僕の原風景でもあります。年老いた松の木がはるか高いところで、低く柔らかい音でそよぐ、あの音です。僕には泣きたいぐらいに心和む音なのです。
そんな音が聞こえてくるような風景を撮り続けているのですが、やはり劉生たちが生きた時代に思いを馳せながら、ファインダーをのぞいています。僕はあの時代が湘南の原風景のように思えてならないからです。芦屋市立美術博物館で学んだその土地の文化を吸収して発散する事、それを僕は今、ここ鵠沼で実践しているようです。